岡崎市議会議員 うめむら順一 再び市政へ ふるさとに夢と活力を

活動報告

2008

04/24

生涯問い続けていくべき問い(抜粋の綴り)

カテゴリー:徒然想うこと


何度も読み返してしまうほどの力強さを感じました。田坂広志さんです。


「人生の成功」とは何か
人生において他人よりも金を儲けること、出世すること、有名になること。
それが「成功」であると、我々は信じ込み、いつも競争に駆り立てられています。

逆に「誰にでも優しい心で接する人になる」ことを人生の成功とする成功論はありません。

あなたにとっての「あなたらしさ」を発見しなさい。
あなたにとっての「人生の成功」を定義しなさい。
これは、社会通念に囚われない生き方を教える言葉です。

しかし社会通念では、競争社会での勝者になることが成功と定義されており、敗者は深い敗北感と無力感を味わうことになる。「努力すれば必ず成功する」といわれるが、どれほど努力しても、失敗し、挫折する時はある。  それが人生の真実ではないでしょうか。

安易な成功論に染まれば、実際に敗北や失敗、挫折に直面したとき 自分を支えることが出来なくなる。大切なことは、敗北や挫折に直面したとき、自らを支える思想を持っていることだ。

自らを支えてくれるのは、「成長」の思想である。
どのような敗北や失敗、挫折に直面しようとも、人間は必ず、それを糧として「成長」していくことができる。だから、私にとっての 「人生の成功」 の定義は 「命ある限り、成長していくこと」。


勝ち抜くことの厳しさ、そして空しさ
私が両親から学んだ二つの言葉
ひとつは「人間、成長の道を歩み続けなければ」という言葉
ひとつは、子どもに語った 「世の中に貢献する人間になってほしい」 という言葉です。

一方、学校生活において、人生の諸相を学びました。
それは、競争社会で勝者となることの厳しさと 空しさです。
例えば、誰かが試験で成績が落ちると、ライバルの誰かが密かに笑うという雰囲気が好きではなかった。だから、人に勝つことに喜びを感じられませんでした。なぜなら、自分が勝った瞬間に、誰かが負けるわけです。誰かの敗北感と引き換えに、自分の幸福感を得るという構図が好きではなかったのです。だから、いつの間にか私は、「人と競争しない生き方」「人と自分を比較しない生き方」を身につけたように思います。
むしろ、みんなが幸せを感じられるにはどうすればよいかという発想を身につけました。
出世を目指す限り、勝者と敗者が生まれる。しかし「働き甲斐」や「成長」を目指すならば、自分も仲間もワクワクして働き、共に成長していけると思うようになったのです。


苦労や困難が自分を成長させてくれる
競争に勝ち抜くことを人生の成功と考える「勝者の思想」を持つと、人生の苦労や困難、失敗や敗北は、できるだけ避けたいネガティブな出来事になる。
しかし、「成長の思想」を持つことで、人生の風景が大きく変わる。それぞれの出来事においてポジティブな意味が見えてくるのである。
人生で与えられる苦労や困難は、自分という人間の成長の可能性を引き出してくれる素晴しい出来事でもあるのです。「成長の思想」の根底には、その肯定的な思想があるのです。

過去を振り返ると、逆境の時期、不遇の時期こそ、人間として成長していることに気がつきます。仕事が壁に突き当たり悪戦苦闘したとき、人間関係の摩擦の中でこころが軋んだとき、そういうときにこそ、我々は、人間として成長しているのです。
 そしてこの「成長の思想」を身につけると、苦労や困難を前向きに受け止める力が身につくだけでなく、「意味」を感じ取る力が研ぎ澄まされされてくる。
 
例えば懸命な努力をして大学の試験を受けたのですが、残念ながら不合格になった。それは表面的に見れば、人生のある局面での敗北です。しかし、「成長の思想」を持つと、その出来事の捉え方が深くなります。
「この不合格は、何を意味しているのか」
「この出来事は、自分に何を教えてくれようとしているのか」
こうした深い思索を通じて
「この不合格は、自分が本当にこの進路を進みたいのか、その信念を問うているのだ」などの思いや、「そうか、この不合格は、別な進路を歩めとの声なのだ」と気づき生まれることがある。

また、「成長の思想」を抱くと、人生の何事かの出来事の中に深い意味を感じ取る力が身につきます。たとえば重要な会議に電車の事故で遅れたことさえ、自分の心の姿勢に警鐘を発してくれていると思える時があります。
 このように、「成長の思想」を抱くことによって、我々が人生の出来事を見つめる視線は深くなり、その意味を考える「解釈力」が豊かになっていきます。この歩みを続けていると、いずれ、人生のさまざまな出来事を通じて、何かが自分を導く「声」が聞こえてくるような感覚を覚えるようになります。
私は今、素朴に信じられる言葉があります。
「人生、全ての出来事に、意味がある」
「人生、起こることは、すべて良きこと」
そして母がつぶやいた言葉が心に残っています。
「人生は、不思議な力に導かれているのだからね」

その不思議な力に導かれた人生とは何か。その人生を、いかに生きるか。それは答えのない問い。
それは生涯、問い続けていくべき問いなのでしょう。

抜粋:田坂広志(「PHP 親と子で考える14歳からの人生学」2008年3月臨時増刊号)

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